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忘備録

考えたことを書いて忘れる用の何か。

劇場版魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語 感想(ネタバレ)

 とりあえず見終えた直後の感想としては、ほむらの行動全般に関しては物凄い腑に落ちるというか、よくここまで自力で辿り着いたという納得感というか、このキャラだったらここまで行くのも造作も無い感があった。基本的にここまで自分が見ていて説得力のある展開になるとは思っていなかった。
 ほむらがやっていた行動に関して魔獣を退治し過ぎたせいで悪意が増幅されたとか、悪堕ちして性格がおかしくなったとかそういう感想が劇場で終わった直後にちらほら聞こえてきたけど、全然そういう意図は自分からは感じられなくって、状況と行動がとても噛み合ったいい展開だなと。逆に言うとそうなるように組み上げられていったストーリーがいいのかもしれない。まあヤンデレって単語では自分でも合ってるとは思ったけど。
ほむらとまどかの関係はさやかと杏子のような仲良しとか信頼という部分でもないし、マミとまどかのような師弟とか主従関係でもない明らかに信仰とか執着の部類での扱われ方だったのはアニメ版の何回でも時を巻き戻している段階で感じていたので、明らかに作中において一人だけ行動原理が明確で自発的なアクションができるキャラになっているのは前々のシリーズから変わらず、今作の映画に至っては完全に一人称視点の主人公だった。

他のキャラ
 さやかは新しい設定である円環の理のルールの教示者っぽいポジションに付いているのに、どこか出番が思っているよりも少ない気がする。あれにはもう少し説明以外の要素があったら立っていた気がする。
杏子は今回あんまり出番の少ないキャラだった。もしも続くならピックアップされそうではあるが。この作品はある意味自分の中では1番完結したように思えたのでもう続くなら別世界の話にして欲しい気もする。パラレルの中で活躍する分には問題ないけど、ほむらの創りだしたルールと言うか世界に干渉できるレベルには正直なってほしくない。円環の理の一部という能力でもないからかなり難しそう。
マミはシャルロッテが味方になってくれてて助かった、流石に2作品ともフェードアウトすることにはならなかった。
 導入からは一人ずつの変身シーンが出てきた後に言葉遊びゲームでナイトメア退治したのを見てて「もしかしてネタ切れでプリキュア路線にガチで転向したんだろうか」と思っていたが、そんな心配は必要なかった。普通にさわりだけでそこから先はアニメ版とも遜色ないシリアス展開。
 インキュベーターがさじを投げてもう「人間に手を出したくない」と負けを認める流れになるとは思わなかった。正直あそこまで監視と実験化できている状態で、アンコントローラブルな状態になる程ほむらの力が強くって、結果魔女化したのを悲観するというか実験の失敗として認めるというのはまだちょっと速いんじゃないだろうか。あの研究制度というか知性体なら直ぐにまどか、というかアニメ版みたいに希望から絶望に変わるときのエネルギーを集められる状態になりそうな気もする。ほむらの本体がどういう経緯で最終的な絶望に到達したのかは作中では自分の見た限り示されていなかったけど、その状態で捕獲して回収、更に他の魔法少女の人物を実験として投入できるのはなんかやっぱりほかと比べて群を抜いている介入力があるので、負けを認めるにはまだ早い気がする。
 構造的にはまどかの力(というか概念)を一部だけ利用しているのがほむらだから絶望と希望の相転移的な部分から発生するエネルギー自体は、例えまどかが円環の理になった後でも変化してない設定なのではないかと思う。それだったらひたすらソウルジェムに対して介入して実験してるというインキュベーターのアプローチが失敗には見えないんだよね。もう少し進めば構造が理解できるというか、まどかを支配できるレベル。
でもラストでほむらの手篭めにされてたし、ボロボロの状態に最後されてたから物語的にはこれでケリが付いたことになるんだろうな。

 キャラクタの動きに関しては女子高生感じゃないくらいに過剰に優しい格好してる印象を受けた。特にまどかの周りに回るさやかと杏子とか魔法少女5人全員で会話しているシーン、世界を書き換える前までのほむらとまどかのやりとりなんかは和み感というか普通の女の子っぽい細かい仕草とか行動がいいと思う反面、仮面っぽいというか明らかに世界観的にこれから危険な方へ向かう雰囲気が出てきてるのが。
後は宇宙っぽいシーンとか世界の書き換えっぽいシーン。ほむらが世界を変えてきゅうべぇが沢山流れっていったシーンなんかはちょっとほかと比べて妙に動きとして簡単だったように感じた。多分演出意図として何かしらあるんだろうけれども、そのへんが自分としては掴みきれていなかったか。
 最後にまどかの神に対しての「悪魔」という表現でほむらは自分を例えていたけど、その言い方よりは能力とか意志に関しては明らかに主導権がほむらにあるの気がするので、そこまで卑下する言い方にしてしまったのはなんかやっぱり客観性を欠いている気もする。しかも最終的に得た能力に関しては、まどかを人間に戻して切り離した他は特にエグみはない改変である(まあこれがもう少しいくと明らかにヤんでるんだけど)し、自分の作った世界で好きなように愛でている分であるならば絶望と魔女化から救ったまどかの改変を特に否定していない分そこまで問題にならない気がする。これでほむら的理想を戻ってきたまどかに押し付けた挙句、まどかを別人格に仕立て上げて自分勝手に設定するパターンがもうラストシーンでは見えつつあったから、そういう暴走がありそうではある。
でもこれはこれで神と悪魔という構造になっているのかどうかはちょっと疑問だった。意識的に演じているようには見えないし、そういう自分の負の部分に自覚的であるほむらはもうちょっと違う存在に思える。しかもなんかさやかとのやりとりでは倒されることも半分予期している感じだし。

 なんか自分がこのストーリーが妙に納得がいった点としては

  • ほむらの行動力と能力が明らかに他の魔法少女と比べて突出していて、円環の理であるまどかと同等、もしくは自分のある種意図通りに世界を構築できる設計力というか計画性がある分、それ以上の存在として描かれていたこと。
  • 根本的に依存心の高いネガティブ・シンキングキャラのように見せかけて狡猾かつ理知的。
  • その人物が起こしている行動が劇場版になってもアニメ本編との遜色が感じられない。正確には物凄い突飛な行いをしているのに自分の中では心理的に納得できる範囲にあったこと。
  • 独特な作画がファンシーと不安定感の強い絵との両極端の揺さぶりが強くて見ていて甘ったるくなり過ぎない。

確かにこうやって見るとほむらが瀕死状態になってしまた経緯が知りたくなる。